皆さんは、私たちが普段何気なく通り過ぎる高速道路のトンネルが、時に「世界の常識」を覆すような挑戦の連続から生まれていることをご存知でしょうか。私がCFKで歩んできた道は、常に困難との隣り合わせでした。「重要構造物の直下」や「脆弱な地山」、「水資源の保全」といった、技術者の腕が試される特殊な条件下でのトンネル設計に、私はこれまで幾度となく挑んできました。しかし、その中でも群を抜いて、私のエンジニア人生に深い刻印を残したプロジェクトがあります。それが、首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の一部を構成する「横浜環状南線庄戸トンネル」の設計でした。
「不可能」を突きつけられた現場
横浜市栄区に位置するこの庄戸トンネルの計画を初めて担当したとき、私は目の前の計画図面を二度見しました。そこには、技術者であれば誰もが目を疑うような過酷な制約が並んでいたからです。まず、断面の大きさが異常でした。本線とランプが分合流する地点のため、最大掘削断面積はなんと485m²。これは道路トンネルとしては世界最大級のサイズであり、一般的なトンネルの数倍、テニスコートを丸ごと飲み込むほどの巨大な穴を地中に掘り進めることを意味します。さらに追い打ちをかけるのが、地表からの土被りの薄さです。トンネルの上にある土被りが、トンネルの直径よりも小さい「小土被り」の状態でした。通常、これほど巨大で浅いトンネルを作る際は、地上から地面を掘り返す「開削工法」が選ばれます。しかし、この場所は閑静な住宅街。住民の皆さんの住環境を守るためには、地上を掘り返さず、地中だけを掘り進める「非開削工法」でなければならなかったのです。巨大な空洞を、地上ギリギリの場所で、しかも住宅の下で掘る――。それは、まさに薄い氷の上を象が歩くような、極めてスリリングなミッションでした。
大断面,超近接との攻防と「設計に携わって10年の重み」
このプロジェクトの難しさは、大きさだけではありません。「超近接トンネル」という魔物が潜んでいました。上り線(内空幅約26・5m)と下り線(内空幅約23・7m)という二つの超大断面トンネルが、わずか1メートルほどの距離まで隣り合って並ぶのです。もし片方を掘っている最中に地盤が緩めば、もう一方のトンネルを破壊しかねません。私たちは、この難題を解決するために、設計に携わった約10年という歳月をかけて関係者と議論を重ねました。有識者との検討会を繰り返し、現地の地形、地質、地下水の流れまで徹底的に調査。最終的に、周辺環境への影響を最小限に抑えられるトンネル構造、施工法の採用に踏み切りました。
設計の鍵となったのは、巨大な断面をいかに「安定」させるかです。通常、トンネルは掘り進めたらすぐに全周を閉じることで強度を確保しますが、485m²もの大断面を一気に閉じることは物理的に不可能です。そこで私たちは、断面を「上半」、「下半〜インバート」というパーツに分け、それぞれの段階で早期に断面を閉合していく掘削工法を考えました。また、骨組み解析や地震時の動的解析を駆使し、自重、土圧、水圧だけでなく、将来起こりうる巨大地震にも耐えられる堅牢な覆工厚と鉄筋量を導き出しました。設計者としてのプライドをかけ、安全性と合理性の限界を突き詰める日々が続きました。
独りでは成し遂げられない「結晶」
現在、このトンネルは施工中です。設計者である私は、現場で実際にトンネルを掘る施工者の方々と密に連携し、日々変化する現場の状況に合わせて設計の妥当性を検証し続けています。この仕事を通じて痛感したのは、高度な技術以上に大切なものがあるということです。それは、「理解」です。現場の地質に対する理解、技術に対する知識はもちろん不可欠です。しかし、それ以上に、発注者、設計者、施工者が三位一体となること、そして何より、地上で暮らす地元住民の皆様のご理解があって初めて、この巨大な構造物は形になるのです。世界最大級の難工事に挑む庄戸トンネル。このプロジェクトが完成し、多くの車が行き交う日が来たとき、そのコンクリートの壁の向こう側にある技術者たちの10年の苦闘と情熱に、少しでも思いを馳せていただければ幸いです。
橘 直毅Tachibana Naoki
道路系部門
トンネルグループチームリーダー


