内水氾濫対策・都市の魅力向上を軸としたグリーンインフラ整備

コペンハーゲン Enghave Park  スポーツ施設として利用されるマルチピッチ

はじめに

日本のグリーンインフラ整備の課題解決に資する知見を得るため、2022年9月4日~9月12日の9日間、デンマーク・オランダを対象にグリーンインフラ事例の視察を行いました。本稿では、特にデンマーク・コペンハーゲン市での視察について報告します。

日本のグリーンインフラ 整備の課題

「グリーンインフラ」とは、米国を中心に発展してきた社会資本整備の概念であり、生態系保全だけでなく、気温上昇の抑制、水源涵養・水質浄化等、自然環境が有する多様な機能をインフラ整備に活用する考え方です。2000年代後半から欧州の環境政策、米国の都市政策の分野で本格的に導入されました。

日本の行政分野では、2015年8月に閣議決定された「国土形成計画」において、国土の適切な管理や安全・安心で持続可能な国土づくり等の課題への対応の一つとして、グリーンインフラの取組みを推進することが初めて提唱されました。特に、人口減少・少子高齢化に伴う土地利用の変化、気候変動に伴う災害リスクの増大といった課題への対応が急務であり、従来のグレーインフラ(コンクリート構造物)とグリーンインフラの双方の特性を踏まえ、適切に組み合わせて導入することが求められます。例えば治水の観点では、貯水槽等の対策に加えて、グリーンインフラの面的整備により地域全体の流出抑制機能の向上を図ることで、集中豪雨時のピークカットによる氾濫リスクの低減が期待されます。

一方で、グリーンインフラ(緑地)は、道路や堤防等のグレーインフラに比べて、その導入意義や効果が地域に理解されにくい面があります。グリーンインフラ整備の推進に当たっては、生態系保全だけでなく、ヒートアイランド現象や内水氾濫等の防災・減災や、地域コミュニティ空間の形成等、環境のみならず経済、社会をより良いものにするための手段の一つであることを位置付けていく必要があります。

コペンハーゲンのグリーン インフラ計画と整備事例

今回視察対象としたコペンハーゲン市は、2010年から2011年の集中豪雨により甚大な被害を受けたことを契機に、2011年に気候変動適応計画「Climate Adaptation Plan」、2012 年に内水氾濫対策の具体的計画「Cloudburst Management Plan」を策定しました。この計画では、内水氾濫対策に加え、都市における生活の質を統合的に向上させることが重要であることを提示しており、都市スケールのブルー・グリーンインフラ計画として、市内を7つのキャッチメントエリア(集水域)に分類し、各エリア内で雨水処理を完結させるために市全域で300のマイナープロジェクトを推進することを掲げています。

以降では、上記計画を基に推進されたコペンハーゲン市内のグリーンインフラ整備事例をいくつか紹介します。

利用実態を踏まえた道路空間 再整備「Østerbro地区」

Østerbro地区は、人口密度の高い都市部であり、住宅が密集し舗装された場所が多く、雨水浸透に問題のある地区であることから、2014年よりSankt Kjelds Plads、Tåsinge Plads等を対象にグリーンインフラ整備が開始されました。

このプロジェクトでは、地区内の交通量・駐車ニーズ調査や従来の交通量を維持できる適正な道路面積の検証が行われ、余剰な道路空間をグリーンエリアに転換し、歩行者や自転車用の都市空間として再整備されています(写真1)(写真2)。

これにより、雨水の30%を下水に流れ込ませずに貯留・浸透できるとともに、自転車交通が6割以上を占めるコペンハーゲンの交通事情に適した空間形成にも寄与しています。

1 コペンハーゲン Sankt Kjelds Plads
余剰な道路空間をグリーンエリアに転換
2 コペンハーゲン Sankt Kjelds Plads
グリーンエリアには歩行者・自転車用の空間を整備

Tåsinge Pladsは、当該広場とその周辺約4,300㎡の雨水を管理・保持する空間として整備されています。広場西側に芝生の盛土、東側に地面より少し凹んだ緑地が造られており、雨水が緑地に向かって溜まるような形状に整備されています。

盛土部分では子供が遊んだり、コーヒーを飲んで寛ぐ等、住民の憩いの場としても機能しています(写真3)。 また、雨水排水の流れを紹介するパネルが設置されており、利用者が氾濫対策としての広場の役割を認識できるよう工夫されています(写真4)。

3 コペンハーゲン Tåsinge Plads
住民の憩いの場としても利用されている
4 コペンハーゲン Tåsinge Plads
公園内の雨水排水の流れを紹介するパネル

Østerbro地区の整備計画を提案した建築事務所Tredje Naturの技術者は、「地下のインフラ整備は深くなるほど時間も予算も増加する。地表を整備する方が、より安価にスピーディに対策を講じることができるとともに、都市の住みやすさの向上にも繋がる。」と発言しており、氾濫対策としてだけでなく、経済性や生活の質の向上も念頭に置いて都市整備を計画していることが伺えます。

最大規模の雨水貯留・利活用 公園整備「Enghave Park」

5 コペンハーゲン Enghave Park 雨庭として機能するローズガーデン

Enghave Parkは、300のマイナープロジェクトの中でも最大規模のプロジェクトであり、Carlsberg市街地を集水域としたグリーンインフラです。当該公園は1928年に設置された歴史的な公園であることから、できるだけ既存の公園を壊さずに雨水貯留できる空間として再整備することが求められました。

そのため、園内には雨庭や窪地状のマルチピッチ等に加え、西から東へ約1m傾斜している地形であることを利用し、公園の北端・東端・南端に1m高さの堤防が設置されました。通常の降雨や10年確率降雨の場合は園内の雨庭や窪地に、100年確率降雨の場合は自動的に公園の堤防ゲートが閉まり、園内一帯に雨水を貯留できる仕組みになっており、これにより最大約23,000㎥の雨水貯留が可能となっています。さらに、雨庭の地下には貯水槽が設置されており、集水された雨水は道路清掃車や園内樹木の灌漑用水等に利用されます。

また、雨庭として整備されているローズガーデンやマルチピッチ等は、平時は休憩スペースやスポーツ施設として利用される等、雨水貯留・再利用が可能な空間としてだけでなく、公園利用者のためのレクリエーションスペースの充実が図られています(写真5)。

地域住民の交流促進を 主目的とした魅力的な空間整備「Scandiagade」

Scandiagadeは、コペンハーゲン市南部の住宅街に整備された、雨水貯留と地域住民のレクリエーション空間の機能を併せ持つグリーンインフラです。

整備前の広場は、樹木が植栽されただけの空間であり、機能性も魅力も感じられないエリアでしたが、内水氾濫対策に加え、地域住民が利用・交流したくなるユニークで魅力的な空間につくり変えることを主目的として再整備されました。

当該広場は、地域住民との会議を踏まえて設定されたコンセプトの異なる8つの窪地から成り、1,500㎥の雨水貯留が可能な空間となっています。窪地は、自然学習の面を持つ実験庭園、レクリエーション機能を持つ遊具広場、生物多様性に寄与するバタフライガーデン、地域のコミュニティ空間として機能するアーバンキッチンガーデン(市民菜園)等があり、多種多様な機能を発揮するグリーンインフラとなっています(写真6)(写真7)。

6 コペンハーゲン Scandiagade
ハーブ等を栽培しているアーバンキッチンガーデンエリア(市民菜園)
7 コペンハーゲン Scandiagade
浄化前の雨水による植物の成育状況を観察する実験庭園エリア

さいごに

コペンハーゲン市は、上位計画である「Climate Adaptation Plan」において、気候変動適応策には「気候変動の影響低減」と「都市の魅力アップ」の両輪がなければならないというビジョンを掲げています。また、Østerbro地区の整備計画を担った事業者Tredje Naturは「地域住民も『不動産価値を高め、日々の生活環境を向上させるものにお金を払っている』という認識を持っており、グリーンインフラ整備に肯定的だ。」と発言しており、グリーンインフラがもたらす経済的・社会的効果について、自治体・事業者・地域住民が共通認識を持って取組みを推進していることが伺えます。このことが、市全域にわたるグリーンインフラの面的整備を円滑に実行できている理由の一つであると考えます。

日本では、未だ緑地整備=自然環境の保全という認識が強く、日頃の業務でもその風潮を感じることが多くあります。今回の視察で得られた知見に加えて、地域住民等の意識醸成の取組みについても引き続き学び、グリーンインフラの円滑な導入に向けた働きかけ方を検討していきます。

塩谷 歩未
SHIOTANI Ayumi
環境・防災系部門
環境グループ
兼 エネルギー室
サブリーダー

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