まちの個性が光る南欧のトラム

はじめに

高橋宏史 TAKAHASHI Hirofumi
高橋 宏史TAKAHASHI Hirofumi
計画系部門
交通計画グループ
サブリーダー

2018年9月29日から10月8日にかけて、欧州における公共交通調査団(主催:公益社団法人 日本交通計画協会)に参加しました。この調査団は、LRT先進地域における、それぞれの都市の特性に合わせた公共交通の導入実績、特徴のあるまちづくりを学ぶこととして、11団体22名で編成されました。訪問都市は、フランスのパリ、マルセイユ、オーバーニュ、ニース、さらには、イタリアのフィレンツェの5都市でした。うち、3都市では、トラムをはじめとする公共交通の視察だけでなく、トラム運営に携わる関係者を公式訪問しました。

ここでは、関係者への公式訪問を行った3都市(オーバーニュ、ニース、フィレンツェ)について、報告します。

1 訪問都市  資料:http://www.freemap.jp/

まちなかの水平エレベーター

2 奇抜なデザインが特徴的なトラム(オーバーニュ)

オーバーニュは、フランス南東部最大の都市であるマルセイユから約15km離れた約5万人の都市です。都市圏全体でも、人口は12万人にすぎません。この都市が、2014年に1路線2.8kmのトラムを開業させ、フランスでトラムを有する29番目の都市となりました。

まず、目玉が一つのキャラクターを全面に施したデザインが目を引きます(写真2)。

3 小学生にも気軽に利用される無料のトラム (オーバーニュ)

しかし、このデザインもさることながら、全ての利用者に対して、運賃を“無料”としていることが、このトラム最大の個性です。まさに、エレベーターを使って建物の中を上下移動するように、気軽に街の中を水平移動できるエレベーターのような役割を担っています。トラムは日中10分間隔の運行で、老若男女に気軽に利用されており、水道や電気と同じように、地域のインフラの1つとして、街を支えている様子がうかがえました(写真3)。

この無料化は、トラムだけでなく、都市圏全体のバスネットワークにも適用されており、公共交通優先のまちづくりが進むヨーロッパの中でも先進的な取組みとなっています。2020年3月からルクセンブルクでは、国家として全ての公共交通機関を無料化する予定ですが、これらの無料化の取組みがトレンドとなるかが注目されます。

都市に溶け込むトラム

4 街に溶け込みトラムが通過する光景(ニース)

「ニースは世界一きれいな街。トラムが都市価値の向上の一翼を担うことに誇りを持って取り組んでいる。」

これが、運営事業者の第一声です。現在、ニースでは2路線でトラムが運行されています。うち1路線は、マセナ広場を含む歴史的景観を有する市街地を突っ切るルートを取ります。トランジットモール化されたその市街地を、トラムが4分間隔で頻繁に行き来していきます。ですが、全く目障りにはなりません。まるで、トラムがテーマパークの中のアトラクションの1つのようです。まさに、街の景観価値を引き上げる一翼を担っているといえます(写真4)。

5 架線を使って運行される郊外区間の風景(ニース)

ニースはフランスの南東部に位置する人口34万人の都市で、地中海(コート・ダジュール)に面する世界的に有名な保養地・観光都市です。トラムは2007年に市街地を縦断する1号線(8.7km)が開業し、ニースはフランス国内で16番目にトラムが走る都市となりました。2018年に2号線が郊外部で暫定開業しており、空港アクセス、市街地への延伸計画などが進んでいます。

ニースのトラムが街に溶け込む理由はいくつか考えられます。まずは、駅や車両のデザインが市民の公募により選ばれたことが挙げられます。さらに、高頻度での運行によって、市民になくてはならない生活手段、観光客にあって当たり前の移動手段になっていることも大きな理由でしょう。

また、ニースのトラムの大きな特徴として、車両の架線レス化が挙げられます。郊外部を運行している際には、写真5のとおり、一般的な方法である架線を用いた給電を行っています。しかし、旧市街地やマセナ広場を通過する2区間においては、架線・電線による景観への影響を防ぐため、写真4のとおり、パンタグラフを下ろし、架線レスの車両として、街並みを通過しています。このように、ニースのトラムは、街並みへの意識が徹底しています。

都市の道路政策の連携したトラム

6 異なるモードが連携する総合的な乗換拠点 (フィレンツェ)

フィレンツェは、言わずと知れた芸術の都であり、イタリアを代表する観光都市の1つです。人口は約38万人でトスカーナ州の州都として、賑わいます。

フィレンツェのトラム計画の目的の1つには道路渋滞の緩和があります。この目的を達成するため、終点となるヴィラ コスタンツァ駅は高速道路沿いに設けられ、大規模なライド&ライドおよびパーク&ライド駐車場が整備されています。これに連動して、都市の中心部に入る観光バスに高額な課金が設定され、中心部への自動車の流入抑制策と合わせた都市交通政策の一環として、このトラムが機能しています。実際に、バスからトラムに乗り継ぐ外国人観光客の団体も目にしました。

7 フィレンツェのトラム

また、フィレンツェでも、ニースと同様、景観への意識は高いです。路線の新設にあたり、自動車とトラムの走行空間を両立させることが難しい区間について、地域の景観を重視した判断によって、既存道路にトラムを通し、自動車の走行空間を地下に追いやってしまう運用がされています。都市の価値を守るための資金のかけ方、判断の仕方など、思い切りが違う部分が多いです。

また、フィレンツェにおいても、4分間隔の高頻度運行がなされており、常に混雑している状況でした。ただ、市の担当者によると、採算性は全く取れておらず、そもそも採算性を取ることは露ほども目指していないという発想も、根本的な部分で考えさせられる要素です。渋滞緩和と環境保全を含めた市民生活のため、というのが担当者の言い分であり、印象的でした。

恐るべき信用乗車方式

8 絶対に忘れてはならないチケットの打刻

乗車運賃が無料であったオーバーニュを除き、今回訪問した全ての都市で、信用乗車方式による運賃収受が採用されていました。ルールどおり乗車すれば、駅での改札もなく、乗降時の運賃支払いもないので、利用者としてもスムーズに利用できます。

ただ、そのルールが、観光客などの不慣れな利用者には注意が必要でした。チケットを持っているだけでは、アウトなのです。それが、既に日付を刻印した1日乗車券であっても、乗車の都度、トラム車内にある打刻機(写真8)に、そのチケットを通さないといけないルールになっています。万が一、打刻を忘れると、チケットを持っていても不正乗車となり、検札官に見つかると、即罰金を取られることになります。

フィレンツェでは、バスも含め、7~8回ほど公共交通を利用しましたが、検札官が乗り込んでくる光景を3度、目の当たりにしました。そして、チケットを持っていない、打刻がされていない利用者を見つけると、不正乗車として、温情なく、問答無用で罰金を請求します。フィレンツェの場合、罰金額は250ユーロ、日本円で約3万円にもおよびます(ひと月のお小遣いが吹っ飛びます!)。実際に、家族連れの外国人利用者が、1,000ユーロ(約12万円)もの罰金を支払うことになった光景も目にしました。

チケットを持って、打刻もしていても、検札官が乗り込んでくるたび、身が縮こまるトラム体験でした。

おわりに

私はこの機会を活かし、視察のメインであるトラムだけでなく、地下鉄、バスといった公共交通のほか、シェアサイクルなど、多様な移動手段にも挑戦するように努めました。トラムをはじめとする先進的な事例について学ぶとともに、貴重な経験をすることができました。

公共交通への予算の投入、計画のスピード感、安価な運賃体系など、日本が見習うべきところはたくさんあります。

一方で、自動券売機の使いやすさや性能の良さ、地下鉄駅でのエレベーターを含めたバリアフリー対応や清潔さ、駅や車内での案内表示、アナウンスのわかりやすさや多言語化など、日本の公共交通が勝っている点も多く発見できました。

なお、公共交通に対する計画のスピード感は日本と比べ物にならず、早いです。紹介した各都市でも、計画が日々進行しています。発行時には路線数や路線長がすでに過去のものになっているかもしれないことを付け加えて、結びとします。

「都市計画」に関連するトピックス

「総合交通計画」に関連するトピックス

「新交通・LRT」に関連するトピックス

RECRUIT

採用情報


私たちと一緒に新しい未来を切り開きましょう。
CFKでは、高い志を持ってチャレンジし続けるあなたを待っています。

採用情報へ 採用情報