歩いて感じるデザインのあり方-欧州の道路空間再編の現地調査-

欧州の道路空間再編に学ぶ2週間

加藤慎吾 KATO Shingo
加藤 慎吾
KATO Shingo
構造系部門
橋梁・長寿命化
グループ
サブリーダー

遠い昔、人は倒木を架けて川を渡りました。私たち橋梁エンジニアの仕事は、障害を超えて道を渡すことであり、これまでもこれからも本質的には変わりません。しかし、ただ渡れれば良いというものではありません。特に人道橋などでは、ヒューマンスケールの緻密なデザインが必要になります。それは外観だけではなく、その橋、ひいては道そのものの使い方のデザインを含んでいます。いい橋を設計するためには、構造計画だけでなく、良好な歩行者空間の形成についても知る必要があります。ちょうど人道橋の計画業務やデザインコンペに携わっていた私は、その分野での力不足を感じていました。そんな折、全社員を対象に欧州現地調査の参加者が公募されていることを知りました。

この現地調査は、道路空間再編に関する研究活動の一環として行われるものです。目で見て、肌で感じて、欧州の先進事例を知ることができるこの機会は、私にとって絶好のものでした。応募の結果、岡田哲也(交通計画グループ)、植平健(道路第1グループ)、そして橋梁・長寿命化グループの私が選定されました。交通計画、道路設計、構造設計を専門とする20代後半~40代前半の技術者3名で構成されています。約2週間に渡ってフランス(パリ・リヨン・ストラスブール)、ベルギー(ブリュッセル)、デンマーク(コペンハーゲン)、オーストリア(ウィーン)の4カ国6都市をめぐり、道路空間再編プロジェクトの現地調査と関係各所へのヒアリングを行いました。

パリ、ストラスブールで学ぶ ―土地を活かすデザイン―

パリに到着したのは、日曜の午前10時頃でした。10区にあるホテルに荷物をおろして、セーヌ川へ向かって30分ほど歩きます。パルク・リヴ・ド・セーヌ(Parc Rives de Seine)、そこではたくさんの人々が思い思いの休日を過ごしています(写真1)。散歩しながらお喋り、腰掛けてひと休みしたり、食事したり。子供達が楽しそうに遊んでいます。公園のように賑わうこの場所は、2017年に歩行者空間化されるまで、日交通量3万5千台の自動車専用道路でした。

1 パルク・リヴ・ド・セーヌ (パリ)

パリの都市交通を支える重要路線から約3キロにわたる区間で自動車を排除したことは、非常に刺激的な取り組みです。地元のタクシー運転手は渋滞がひどくなったと批判的でしたが、これを実行した市長の目的は渋滞を生み出し自動車交通量を減少させることであり、まさに狙いどおりです。そしてさらに素晴らしい点は、歩行者空間化された後の利用イメージが的確だったことだと思います。歴史的な橋梁群が美しいセーヌ川を眺めながら過ごす休日。ノートルダムの鐘の音が聞こえます。ここが歩行者空間化された時どのように利用されるのか想いを巡らせ、ただベンチを並べるだけでなくテーブルや椅子、子供向けのアスレチックスペースなど、寛ぎとアクティビティーの空間を創出する仕掛けが過不足なく配されていました。その土地のポテンシャルを十分に理解し、それを活かすことが重要であると知りました。

セーヌ川河岸道路のように街の特別な魅力を活かした道路空間再編事例としては、ストラスブールも該当するでしょう。1990年代からトラム導入による中心市街地の歩行者空間化を進めて美しい旧市街から自動車を排除し、フランス有数の観光都市となりました。ところで、欧州で歩行者空間化が進められているのは、なにも特別な場所だけではありません。むしろその多くは、道路沿いに店舗の並んだショッピング街が多いです。

ウィーン、ブリュッセルで学ぶ ―ベンチに見るデザインの重要性―

2 マリアヒルファー通り (ウィーン)

ウィーンのマリアヒルファー(Mariahilfer)通りは、オーストリアで最も有名なショッピング街の一つであり、ウィーン中心市街地へ続く東西約1.6kmの延長を有します(写真2)。ここだけではなく、今回調査したブリュッセルのアンスパッハ(Anspach)通りやコペンハーゲンのストロイエ(Strøget)などでも、木材や石材を用いて美しくデザインされたベンチが設けられています。これらは、機能的には歩行者が腰掛けて休むものに過ぎません。しかし、そのデザインの質の高さが、空間の質を押し上げています。結果として、人々がそこで過ごそうと思い、賑わいが生まれます。ただベンチがあればいいというものではないのです。あるべき姿を紡ぎだすような、丁寧なデザインが必要なのです。

3 美しいベンチと橋

リヨン、コペンハーゲンで学ぶ ―シンプルであることの美しさ―

4 コンフリュアンス地区再開発 (リヨン)

パリからTGVで南下すること約2時間、ローヌ川とソーヌ川の合流点に位置する中州に、地方都市リヨン・コンフリュアンス(Confluence)地区はあります(写真4)。ここでは、今回調査で訪れた他の道路空間再編プロジェクトの現場とは違って、約150haの大規模再開発が進められています。再開発地区にはマスターアーキテクトと呼ばれる専属のデザインアドバイザーがおり、地区内すべての構造物デザインを監理しています。街全体が新しく、そして美しくコントロールされています。この街の入江に、1本の橋が架かっていました。入江の両岸にはショッピングセンターと住宅があって、橋がこれを結びます。入江の階段通路に腰かけてくつろいでいる人がいて、子供達は駆け回って遊んでいます。そんな日常生活の場所です。日本の一般的な歩道橋に比べると少々特殊に見えるかもしれませんが、パイプアーチ橋は力学的にシンプルな構造です。高欄もすっきりしているし、舗装は利用者に優しい木製デッキ。余計な主張はなく、風景に、そして生活に馴染んでいました。コペンハーゲンで調査した橋梁にも、同じようにシンプルな構造の中に美しさを感じました。私たち橋梁エンジニアに求められる公共空間の質を向上させる構造デザインとは、こういうものをいうのでしょう。

丁寧なデザインで街を変える

関西国際空港からバスに乗って家路につきます。「やっぱり日本は便利だ」などと思いながら、バスを降りて駅へと歩いていました。贅沢な歩行者空間で過ごしてきたので道がすこし窮屈に感じますが、それ以外はいつもどおりの景色です。そして歩き慣れた歩道橋を渡ります。この街では、再開発計画が進められています。例えばこの歩道橋ならどう変えるのが良いかなどと考えながら電車に揺られて家に帰りました。

今回、多くのものを見聞きし素晴らしい経験ができました。橋梁設計の仕事に就いて12年目という時期に、設計者として良い刺激にもなりました。大切なことは『必要とされるものをシンプルかつ丁寧に作る』ことです。もののデザインに明確な答えなどありませんが、人々のお気に入りの空間になるように、エンジニアとして想いを込めた仕事が大切であると感じました。私たちのアイデアで、人々の日常、何でもないひとときがちょっといい時間に変わります。そして街を変えていくことができたら、どんなに素晴らしいでしょう。次の仕事が楽しみです。

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