仲間とともに、その先ヘ 一人ではできない仕事を―思い出のまちに新しい風景を。仲間と描いた三宮再生ストーリ ー―

変わる神戸三宮

三宮駅周辺歩行者デッキのイメージパース

まだ夜も明けない冬の暗い朝。あの日、家族でよく出かけた街は、かつてとは全く別の姿になっていました。それから約30年。復興事業が完了したのは、2024年末のことです。
神戸三宮はいま、震災以降取り組むことのできなかった再開発プロジェクトにより、新たな姿へと変わろうとしています。「都心・三宮再整備」です。JR三ノ宮駅前では、駅ビルの建替え、地上歩行者空間の再整備と共に、「えき」と「まち」との回遊性向上を目的とした長さ約400mのデッキが整備されます。

その計画にあたって、「新たな神戸の玄関口にふさわしい上質で洗練された空間をつなぐ歩行者デッキ」をテーマとした設計協議(コンペ)が行われたのは、2020年のことです。かねてより私は、三宮周辺のデッキ計画業務に携わっていたので、業務としてその土地のことを熟知していました。そして何より、私のたくさんの思い出が詰まったこの街に大いに愛着を持っていました。当時私は30代後半と業務規模を考えると少々若かったのであるが、プロジェクトリーダーとしてコンペにトライできることになりました。実は、三宮周辺の別のデッキコンペで苦杯を喫しており、絶対に勝ちたいリベンジコンペでもありました。

信頼できる仲間と共に

立体的広場空間のコンセプトスケッチ

はじめに取り組んだのは、実現したい新たな街の姿をイメージすることとその言語化でした。プロジェクトメンバーで思いのたけを書き出し、語り合った。三宮に縁のあるメンバーは、やはりそこへの思いも強かったのをよく覚えています。なんとなくのカタチからイメージを練るのではなく、「街への思いと知恵を合わせられた」という実感が強い。このプロジェクトは社内だけでなく、JVとして社外メンバーとも共に取り組んだが、議論を重ねるにつれて、その垣根は低くなっていきました。

プロジェクト初期においては、JVメンバーの安井建築設計事務所主幹宮武慎一さんとの出来事が思い出深い。彼は建築、私は土木と専門は異なるが、大学の同級生でした。私が提案書作成に行き詰まりいよいよ危機的な状況というとき、彼からの電話が鳴りました。あえて火中の栗を拾うような状況下で、力を貸してくれるというのです。もちろん彼だけで済む話ではなく、彼の会社のメンバーを挙げての対応になります。苦労を共にして、会社の枠を超えた仲間になっていきました。

イメージパース(右)、愛着を生みだす植栽スペースの コンセプトスケッチ(左)

空間づくりと構造デザイン

デッキデザインのポイントとして、駅周辺において、道路空間を人中心の形態へ転換する再整備計画があります。地上では現在10車線の車道が6車線まで縮小され、新駅ビルと一体となった広場空間が創出されます。また地上だけでなく、新駅ビルでは地上3階レベルに広場空間が計画されていました。

私たちの描くデッキは、土木的なスケール感のせいで地上の居心地良い広場空間を阻害することのない、存在感を抑えたデッキにしたい。そして、地上と3階レベルの広場空間を立体的な一つの広場空間として結び、このまち独自のスタイルを作り出すような存在になって欲しい。土木/建築/構造/計画といった専門分野を超えて、どのようなデッキが必要か、仲間と語り合って思いを紡いでいきました。

その思いを実現する手段のひとつとして、このデッキの構造デザインに至りました。スレンダーな橋脚ではあるが、安定性のあるラーメン構造を採用することにより、2階レベルに広い踊り場空間を設けつつも確かな耐震性能を実現しています。

まちと共に描く思い出

イメージパース(夜間)

2029年度頃、デッキを含めた周辺再開発が完成します。震災を経た三宮の街並みがまた新たになります。完成といいつつも、新たなまちが生まれる日、スタートの日です。公共空間が人のために開かれ、多くの人のライフスタイルを変えていくでしょう。

建築と土木。計画と設計。他社と我が社。あなたと私。そんな垣根を越えた仲間と共に、私たちはこのデッキをデザインしました。大きなことから小さなことまで、それぞれの「普通」に互いに疑問を投げかけ合い、ともにアイデアを出し合いました。そうして、ひとりではできない仕事を実現し、たくさんの人の生活をより豊かなものに変えていくのです。

加藤 慎吾
KATO Shingo
道路系部門
橋梁・長寿命化
グループ
チームリー ダー

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