子どものときからの夢の実現

完成した名鉄河和線 加木屋架道橋(鉄道鋼中路式ニールセンローゼ橋)

橋の設計をやりたい!

小学5年生のとき、学校をずる休みして、祖母と2人で四国に旅行に行きました。開通したばかりの瀬戸大橋を渡るのが目的でした。
新幹線とマリンライナーを乗り継いで四国へ渡って、金比羅さんへ行く前に、坂出市で開催されていた〝瀬戸大橋博覧会〞へ行き、瀬戸大橋の全容を眺めました。瀬戸内海とはいえ、海を渡って、本州と四国を結び、電車も車も同時に走れる橋に感動しました。いつかこのような橋を設計してみたいと思いました。
ただし、小学生の私は、特に橋マニアというわけでもなかったので、橋といえば、吊橋やトラス橋、アーチ橋のように目立つ形式の鉄橋ぐらいしかわかっていませんでした。
進路を考えていた高校生のとき、そういえば小さい頃、橋を設計してみたいと思っていたことを思い出し、大学で土木工学科を選択し、鋼構造の研究室に進みました。

チャンスがくるまで

橋が設計できる建設コンサルタントとしてCFKに入社しました。最初の配属先は橋を設計する部署ではなく、点検・調査を担当する部署でした。机上で古い設計図を確認して、現場で劣化した橋やトンネルを調査する仕事は、とても充実していましたが、自分で設計した経験がないため、それらが設計されたときの思想がいまひとつ掴み切れないのがもどかしく感じられました。そこで生意気ながらも、入社3年目で設計部署への異動を希望しました。
鉄道橋を設計する部署に異動し、結婚や育児休暇の取得・復帰を経て数年、新幹線の合成箱桁を10橋設計する経験も積み、ついに初めてアーチ橋を設計するチャンスに巡り合えました。
私が橋の設計を志したきっかけである瀬戸大橋。初めてそれに似た形式の橋を設計するチャンスが訪れ、喜びを感じる一方で、経験したことのない形式の設計を主担当として担う責任の重さを感じ、不安に襲われました。

初めてのチャレンジ

いざ設計を始めると、なかなか厄介なことが多くありました。

(1)設計対象は名古屋鉄道(以下、名鉄)の路線の橋でしたが、私は名鉄に乗ったことすらなく、設計ルールもイチから勉強する必要がありました。

(2)ニールセン形式のため、鉛直材がケーブルであることが、なかなか厄介でした。列車が通ることで橋が上下に揺れ、ケーブルがたわんでしまってはいけませんが設定方法がわかりませんでした。ニールセンローゼ橋を設計したことのある方にも教えを請い、勉強しながらの設計となりました。

(3)橋の下部工の橋脚では、上部工の桁を橋脚頭部で支持することが多いですが、中路式のニールセンローゼ橋では、それに加えて、橋脚の足元でもアーチを支持する必要がありました。アーチは斜めに配置されており、左右で長さも異なっていたため、それを受ける支承の設計には苦労しました。

(4)桁下には、しゃ音板を設置するようにしましたが、洗濯機の振動止め等に適用されている特殊な制振鋼板を提案して採用されました。しかし、自分で計画した当初の設計図ではしゃ音板の配置がうまくいっておらず、隙間が空いてしまっており、そこから音が漏れるようになっていました。そこで、桁製作会社の方々と相談して、隙間なくしゃ音板を敷き詰めてもらいました。

(5)アーチ橋は、鉛直方向だけでなく水平方向にも力がかかるので、一般的に両側の下部工は岩盤等に支持された橋台等で計画されることが多いです。しかし今回は、連続する高架橋としてのニールセンローゼ橋であり、一般的な橋脚で持ちこたえる必要がありました。街中での用地の制約もある中で、それに耐えられる杭配置にするため、社内でベテランの先輩方に何度も相談し、何通りもの案を試行した上で形状を決定しました。

やり切った

苦労した設計がやっと完了したとき、案外嬉しいという気持ちよりも、やり切ったという安堵感のほうが大きくありました。
実感が沸いてきたのは、橋の架設当夜に、多軸台車で架設されているのを現場で見たときでした(写真1)。たくさんの方々に助けていただいて設計したものが、そのままの形で架設されるのだと実感しました。小学生のときから思い描いていた風景を目の当たりにし、主担当としてこの設計をやり遂げたことを誇らしく思えました(写真2)。
架設現場を見学した翌朝、大阪で留守番をしていた小学5年生の娘と夫と名古屋駅で待ち合わせをしました。お昼ご飯に家族3人で、橋が無事に架かったお祝いに高級ひつまぶしを食べ、その後名古屋城見物をして(写真3)、近鉄特急ひのとりで大阪に帰りました。それらの出来事は、この橋の設計とともに、とても良い思い出になっています。

写真1 多軸台車による夜間一括架設
写真2 完成した橋上の線路

設計だけでなく

鉄道橋として、とても珍しい中路式ニールセンローゼ橋であったため、設計完了後も、記事を投稿したり、土木学会田中賞へ応募したりしました。あいにく田中賞は落選してしまいましたが、皆で協力して応募動画を作成するなど、いろいろな経験をさせてくれたこの橋に感謝しています。

写真3 家族で名古屋城を見物 (筆者:右)

今村 りえ
IMAMURA Rie
鉄道系部門
鉄道グループ
プロジェクトマネージャー

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