
はじめに
これまでCFKは、日本の新幹線、都市高速鉄道並びに地下鉄をはじめとする鉄道構造物の計画・設計に携わってきました。近年では、インド初の高速鉄道整備事業であるムンバイ~アーメダバード間(延長約500km)における高架橋等の設計、バングラデシュの都市高速鉄道(ダッカメトロ)における地下駅設計照査及びフィリピン初の地下鉄整備事業であるメガマニラ圏(北部ケソン市~南部パラニャーケ市、延長約30km)における地下駅と駅間トンネルの設計に携わっています。
本稿では、鉄道設計業務における日本と海外の違い、そこで得た経験・知見及び感じたことについて述べます。


海外鉄道設計業務の概要

前述のインド高速鉄道、ダッカメトロ及びフィリピン・メガマニラ圏地下鉄事業はともに日本からの円借款貸付(日本政府のODA資金)事業であり、いずれも詳細設計が完了している区間は、現在建設中の段階にあります。
フィリピン・メガマニラ圏地下鉄事業を例に挙げると、発注者は現地国のDOTr(Department of Transportation、フィリピン運輸省)であり、株式会社オリエンタルコンサルタンツグローバルがJVを構成して、設計監理、施工監理、積算等の発注者支援を行っています。CFKは、株式会社オリエンタルコンサルタンツグローバルより、カティプナン駅終端~FTI駅終端(延長約17km)の設計業務を受注し、同社JVの設計監理チームと設計業務を遂行しました。なお、本設計作業はフィリピン・マニラに駐在せず、日本国内で行いました。

地下駅構造形式の違い

日本では、1927年(昭和2年)に東洋初の地下鉄として開業した銀座線が最も古く、そこでは諸外国の技術を参考に、鉄骨と鉄筋コンクリートを併用した「鉄構框構造」のトンネルが採用されました。
その後、1953年(昭和28年)に異形丸鋼、1964年(昭和39年)に鉄筋コンクリート用棒鋼のJIS規格が制定され、経済性や施工性等を踏まえて、鉄筋コンクリートのみで構成されるトンネルが採用されました。この構造は、前述の銀座線におけるトンネルと同様に床版・縦桁・中柱等で構成される「桁柱構造」であり、それ以降、日本の地下鉄構造物として多く採用されてきました。
これは、日本の地下鉄建設初期では掘削深度が比較的浅いため土荷重が大きくなく、かつ駅や線路部で必要とされる地下空間も大きくなかったため、トンネルスパンを最小限とする中で不静定次数が多い「桁柱構造」の採用が合理的であったのではないかと考えます。

近年、海外(特に東南アジア等)で計画される地下駅の構造形式として、床版と中柱のみで構成される「フラットスラブ構造」の採用事例が多くみられます。同構造が採用される理由として、①縦桁配筋を伴う桁柱構造よりも施工性がよく工期短縮できること、②トンネル方向に連続する縦桁がないため開放的な空間を確保できるためと考えられます。
一方で、「フラットスラブ構造」は、日本で想定される地震荷重が作用すると、柱からの上向き荷重により床版が押し抜かれてしまう脆性的な破壊(床版の押抜きせん断破壊)の可能性もあり、「桁柱構造」よりも粘り(じん性)が小さい構造であると考えられます。

海外の構造計算は3次元解析が主流
日本の設計では、これまでの設計経験、知恵の蓄積及び設計費用等の観点から、抽出した代表断面について2次元骨組解析で構造設計することが一般的です。
しかし、海外の設計では、構造物全体を3次元FEM解析で構造設計することが主流となっています。理由として、①RCラーメンボックス構造である地下駅はスラブを主体とする線状構造物であり、3次元効果(面的効果)を考慮でき合理的な部材設計ができること、②駅全体モデルを用いて構造計算することで従来の代表断面による2次元骨組解析よりも作業効率が向上するためであると考えられます。
使用材料の事前市場調査 が重要
日本の設計では、JIS規格で定められた材料を用いて設計・施工を行います。しかし、海外の設計では、使用材料に制限が多く、「現地調達できるのか」から始まります。国外調達する場合でも、原材料そのものを調達するか、原材料を調達して近隣諸国の工場で加工するかを検討する必要もあります。使用材料により大きく設計条件が異なるため、事前の市場調査が非常に重要となります。
ちなみに、マニラ案件では、鉄筋はフィリピンで調達できるPNS Grade415を用いました。PNSとはPHILIPPIN ENATIONAL STANDARD(フィリピン国家規格)のことです。最小降伏強度は415N/mm2であり、日本で一般的に用いられるSD345よりも約1.2倍大きく、高強度の鉄筋でした。
設計の進め方の違い
日本の地下駅設計では、まず駅本体構造物の詳細設計を行い、駅本体構造を固めます。地下駅本体に付随する出入口や換気塔は、地権者との協議等が必要であり、設計条件が定まるのに時間がかかることが多いため、駅本体構造とは切り離し、遅れて設計・施工が行われます。しかし、海外の案件では、駅本体構造、出入口及び換気塔等の工事発注を一括で行うため、それらの詳細設計をすべて同時進行させます。その結果、工事発注後(施工段階)でのリデザイン(修正設計)が多いと感じます。
日本の設計手法は、手戻りがないように確実に設計条件を確定させてから進める手法と言えます。
おわりに
日本の設計では安全性を確実に担保するため部分最適を極める思想ですが、肌感覚として、海外の設計は設計だけでなく工事も含めて全体最適と効率性を追求する思想であると感じました。しかし、どちらの思想にも一長一短があり、日本の設計でも海外の設計が追求する効率化の方法を学び、実践していく必要があると考えます。
最後に、海外の鉄道設計業務に従事するには英語力は必須ですが、専門技術力だけでなく鉄道に関する知識全般(建築、電気設備、軌道等)や各系統をインターフェイスする能力やマネジメント力が非常に重要です。さらに、契約書の約款に関する能力や設計責任に関するリスク管理能力も身に着ける必要があると考えます。
【参考資料】
1) https://nhsrcl.in/en(インド国立高速鉄道研究所H.P)
2) https://www.jica.go.jp
3) https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/12
4) 現場調査結果に基づく三次元非線形FEMを用いた鉄構框構造の安全性評価に関する研究,西村ら,土木学会論文集F Vol.65 No.,38-49,2009.2
5) https://www.facebook.com/DOTrPH/( フィリピン運輸省(DOTr)フェイスブック)

坂田 智基SAKATA Tomoki
鉄道系部門
東京鉄道グループ
チームリーダー